堀内敏喜 紹介

あらゆるイベント分野に精通!
1970年代から2000年迄、イベント業界の先端を走り、多くの実績を残してきました。
博覧会パビリオン、展示イベント、常設館構想・展示映像・運営、全国キャンペーン、展示販売会、周年記念イベント、オープニングイベント、ファッションショー、ディナーショー、ホテル販売促進、プロモーションイベント、複合ビル商店街年間計画等々、日本を代表するプロジェクトに参画しイベントノウハウを蓄積しています。
その業種は、IT関連、電気・ガス・原子力のエネルギー関連、車・部品関連、諸官庁関連、県市町村行政関連、住宅関連、水産関連、化粧品関連、等々多岐に及んでいます。

企画~運営まで、自らが手がける!
特筆すべきは、全ての事業に対し、自らプランニングし、プレゼンを行い、スタッフィングし、総合ディレクションを行い、本番における陣頭指揮を行っていることです。
この結果「クライアントのひと言」をあらゆる角度から可能性を追い求めていくことができます。重要な要素が全て頭の中でビジュアル化されていくのです。

国際博覧会など海外視察も多い!
国際博覧会や海外視察も多く、主に湾岸開発、文化施設、テーマパーク等々に学び、業務に反映しています。

行動範囲は中・四国・九州に
現在は、四国・愛媛・松山市に拠点を構え、まちづくり活動 やイベント事業に取り組んでいますが、中国・四国・九州圏を視野に、今後は行動していきます。


■心に残るシーン

1970年代とは、“イベント”という言葉自体が珍しいものでしたし、総合広告代理店ですら、イベントを扱うセクションがなかったのです。

‘70年8月、銀座に歩行者天国が初めて実施され、翌71年、三越1F通りに面した「マクドナルド」がオープン(日本第一号店)しました。
歩行天(ほこてん)では、長蛇の列。設置された車道のテーブル・椅子は溢れるばかりの人・人・人。
当時は、最新の休日の過ごし方だったのですが、その休日は日曜・祭日だけ。日本は働き過ぎと、海外から非難され始めた頃でした。だから、お客さまを集めてのイベントの実施数は、今ほど多くはなかったのです。
でも歩行天では、銀座4丁目から上野広小路まで、空き缶を拾い集める、環境イベントを、既に70年代に行いました。

そのプランニングと総合ディレクションが堀内が担当したのです。また、名鉄メルサの銀座店のオープニングも参画しています。懐かしい時代に「えっ!もうそんなイベントを開催していたの?」なんて、堀内しか知らないとっておきの「心に残るシーン」をぜひご覧ください。

道行く人の眼が萌えた「へぇ~、ホ~・・・」
銀座SONYスクエアで初めての水着ショーを!

企画・実施している私自身「いや~凄いな!本当にやれたんだな~」と、今で言う“鳥肌”がたったイベントがありました。
その位刺激的だったのです。

時は遡ること80年代、働き過ぎの日本人に、国をあげて余暇やレジャーに関心をもたせようと動き始めた時期でした。海外旅行に人気が高まるなか、国内線しか飛べないANAが、プロモーションの一環として「沖縄キャンペーン」を開始したのです。
当時沖縄は、国内で一番エキゾチックな場所で、美しい海を持つリゾート県で、皆のあこがれだったのです。

銀座SONYスクエアは首都圏のPRイベント拠点。このイベントは報道取材へのインパクトが必要でした。
1週間の展示イベント期間の中、水着ショー開催が土・日2日間決定したのです。

目的は観光客誘致ですが、実体は“公衆の面前で、裸同然の女の子が登場する”内容です。果たして心配していた警察の許可は軽くOK、SONYビル側も担当者の個人的興味が大きいだけで難なくOK。今から思えばとてもおおらかな時代だったのでしょうね。

成功したかって?勿論です。黒山の人だかり、予想を遙かに超えた報道陣。
PRイベントは大成功でした。当時の皆さま本当にありがとうございました。感謝!
(写真があれば良いのですが、探すエネルギーが尽きたのです。ごめんなさい。)


■FMパーソナリティ

FM愛媛 毎週土曜日 21:30~22:00 『THE SATISFACTION』は堀内敏喜がパーソナリティとライターを担当しています。視聴が可能な方はぜひお聴きください。

【番組冒頭コメント】
こんばんは!堀内敏喜です。土曜の夜いかがお過ごしですか?
大人なら誰しもがブランドを持ちたい、また身につけたいと思うはず。
そんなブランドに関する情報やとっておきのお話を、お届けする「THE SATISFACTION」。
きっとあなたにぴったりのブランドが見つかるはずです。
ウィークエンド。大人のための上質なこだわりの時間、お過ごしください。